2016.2

TPP協定で食の安全・安心はどうなる
ーその体系的整理の試みー

NPO地域に根ざした食・農の再生フォーラム理事長
滋賀県立大学名誉教授
小池 恒男

T どうなっている食の安全性を確保する法制度

1.TPP協定の食の安全性についての基本理念
 A 安全だという科学的証明がなされた食品の流通のみを認める
 B 有害だという科学的証拠が十分になければ食品の流通を認める
 TPPルールでは、食品を輸出する側には安全性を証明する責任はありません。輸入側が“有害だという科学的証拠を示さなければ、輸入を拒めません”それが自由貿易です。
 アメリカはなぜ「国益」をかかげて京都議定書から離脱したのか。
 ノー・リグレット・ポリシー「後悔しなくてよい政策」NRP
 大気中の温室効果ガス濃度の上昇と、地球温暖化の数量的な因果関係に関する科学的知見が不十分なときに、あわてて対策にとりかかったりすると、後になって科学的知見が深められた結果、当初言われていた因果関係が否定されたりすれば、余計なことをしてしまったと後悔することになる。したがって講ずべきは「後悔しなくてよい対策」(ノ−・リグレット・ポリシ−)に限定すべきである。(取り越し苦労はやめときましょう)
 NRP(楽観主義)の国民性の源泉にあるもの
 TPPルールでは、食品を輸出する側には安全性を証明する責任はない。輸入する側が“有害だという科学的証拠を示さなければ、輸入を拒めない”のが自由貿易のルールだからです。


2.どうなっている国際的な取り決め
1)コーデックス委員会とは何か
コーデックス委員会(CAC、コーデックス・アイメンタリウス・コミッション、国際食品企画委員会)=コーデックス基準やコーデックス規約と呼ばれる食品の国際基準をつくる政府間組織。
国ごとに異なる食品に関する規制や規約を標準化し、食品の安全で公正な貿易を促すための、国際食料農業機関(FAO)と世界保健機構(WHO)が1963年に共同で設立した。
仮置き基準値(1):最大残留量をにらんで設定された仮置き基準値(ppm)
フードファクター(2):各作物を国民が平均的に食べる量(g)
推定摂取量(mg)=(1)×(2)
作物の数だけの推定摂取量(3)(mg)  納(1)×(2)]
日本人の許容摂取量(4)=ADI(1日摂取許容量)(mg/kg)×日本国民の平均体重53.3kg
(3)≦(4)ならば、仮置き基準値が採用されることになる    表1-1


2)コーデックス委員会の目的(コーデックス憲章の第1条)
 国際連合食料農業機関(FAO)および世界保険機構(WHO)によって設置された国際的な政府間機関であり、国際食品規格の策定等を行っている。
(1)消費者の健康の保護及び食品貿易の公正な実施の確保
(2)国際的な政府機関及び非政府機関が行う全ての食品規格に関する業務の調整の促進
(3)適切な組織の援助による規格草案の優先順位の決定及び作成の着手ならびに指導
(4)(3)にもとづき作成された企画を最終決定及びコーデックス委員会での公表、この際、実行可能であればどこでも、(2)にもとづき他の機関がすでに最終決定した国際規格とともに、地域的な又は世界規模の食品規格のいずれかとして公表、
(5)その後の状況の進展をふまえた上での公表された規格の適宜改正
 各国は、それぞれ食べ物や植物の輸出入を行うことによって、それぞれの国にいない病虫害が付着したり人体に含まれたりして有害な物質が国内に持ち込まれたりする可能性がある。

表1-1 残留農薬基準の設定方法(モデル計算)
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資料:原典は、農林水産省『農薬の基礎知識』

 各国は国内に持ち込まれたこれらの付着物や残留物について、それぞれ基準を設けて、この基準に基づいてこれらのものが海外から入ってくることを制限することが出来る。輸入国がとるこのような措置を「衛生植物検疫(SPS)措置」という。
 ただしこの措置を、輸入国が国内産業を保護するための口実として乱用すると、貿易における不当な非関税障壁となりかねない。国民の生命・身体の安全や健康の保護と自由な貿易の推進という2つの目的のため、貿易についての国家間の問題を取り扱う国際機関である世界貿易機関(WTO)で、SPS措置に関する協定が結ばれた(SPS協定)。SPS協定では、WTO加盟国が、科学的見地から行われたリスク評価の結果つくられた国際規格(これがコーデックス規格)に基づかないでSPS措置を行うことを認めていない。そしてWTOのSPS協定では、「自国の食品安全の基準を国際基準と調和させるよう努める必要がある」と規定している。
 ここでいう国際基準は、コーデックス委員会がつくる添加物、動物用医薬品、農薬、汚染物質、分析・サンプリング法、衛生実施規範の基準であるとSPS協定の付属書で明記している。WTOのルールの下にあっては、コーデックス規格がある場合、輸入食品に対して自国内での食品の安全のためにとる措置については、コーデックス規格に基づいてとることを考慮しなければならない。ただし、コーデックスで決められた基準に、加盟国が必ずしも従う義務はない。しかし仮にコーデックス規格よりきびしい規格を輸入食品に課す場合には、その規格に科学的な正当性が示されない限り、非関税障壁とみなされ、WTOに提訴される可能性がある。
 つまりWTOのSPS協定では、各国の置かれている自然条件や食生活の違いも勘案して、科学的根拠に基づいて、各国がSPS基準よりきびしい独自の基準を採用することも認めている。
*なお、コーデックス委員会の委員構成が食品多国籍企業の関係者に偏っているという批判的指摘もある。

3.わが国のおける食品安全性確保のための措置
 基本的には、自国の法制度の上に国際協定を置くのか、自国の法制度を国際協定の上に位置付けるのかという根本問題にかかわること。日米の差もそこにある。たとえば米国は、「バイ・アメリカン法」に則って、公共事業には自国産物資を使うという当たり前の原則を貫いている。
 消費者基本法(2004年制定)
 基本理念(第2条)において「消費者の安全が確保され、・・・消費者に被害が生じた場合には適切かつ迅速に救済されることが消費者の権利であること」が明記されている。
 そしてわが国における食品の安全性確保制度の基本理念は、食品の安全性確保に関する施策を総合的に推進することを目的として制定された食品安全基本法に規定されている(2003年制定)
 同法には3つの基本理念が示されているが、もっとも重要なものは「食品の安全性の確保は、このために必要な措置が国民の健康の保護がもっとも重要であるという基本的認識の下に講じられることにより、行われなければならない」(第3条)という規定であり、国民の健康保護最優先という内容である。これを受けて、第4条では、フードチェーンのすべての段階において適切な安全対策が講じられなければならないとしている。そして「健康への悪影響の発生を防止または抑制する科学的手法としてリスク分析(リスクアナリシス)という手法を採用している。
 リスク分析は、リスク評価、リスク管理、リスクコミュニケーションという三つの機能によって構成されている。
 リスク評価:食品を摂取することにより健康に及ぼす影響について科学的に評価すること。
       科学ベースの対応であり、内閣府食品安全委員会がその任を担う(食品健康影響
       評価)。第11条
 リスク管理:リスク評価結果に基づいて、国民汚職生活の状況等を考慮して、基準の設定や規
       制の実施等の行政的対応を行う。政策ベースの対応であり、厚生労働省、農林水
       産省がその任を担う。第12条
 リスクコミュニケーション:リスクに関する情報及び意見の相互交換を図る(意見交換会の開
       催やパブリックコメント手続きの実施等)。第13条
 食品安全委員会は食品安全基本法に基づいて2003年に内閣府に設置された、
 食品添加物や農薬などの安全性指標として1日摂取許容量(ADI)という重要な指標がある。これは、人が一生涯にわたり毎日摂取しても健康上悪影響がない量で、食品添加物の場合はFAO/WHO合同食品添加物専門家会合(JECFA)が1995年に策定したコーデックス規格に準拠して、また残留農薬も同合同残留農薬専門家会議(JMPR)の定めた値に基づいて対応がなされている。
 「日本は食品安全対策が進んでいて、TPPはそれを脅かすととらえているだろうが、日本の食品安全のレベルは事業者の努力で保たれている」との指摘がある。 新山陽子「TPPに備え制度化を」、日本農業新聞2016年01月11日
 そして制度化の中身として、一般衛生管理とHACCP(危害分析重要管理点監視)、食品トレサビリティーの制度化を提起している。しかし、わが国における食品の安全対策とTPPの関係について言えば、「日本は食品安全対策が不十分であり、TPPはそれをさらに劣化させるものである(安全基準の引き下げ)」ではないか。

4.わが国における食品表示についての取り決め(遺伝子組み換え食料を中心に)
 食品の安全性の確保は食品の成分そのものにのみかかわる問題にとどまらず、食品の表示にもかかわる問題でもある。2004年に制定された消費者基本法(それ以前は1968年に制定された消費者保護基本法)は、消費者が保護される立場から自立するために必要な権利を基本理念で明記している。消費者基本法はここでみてきた安全確保のほかに「商品及び役務について消費者の自主的かつ合理的な選択の機会が確保され、消費者に対し必要な情報及び教育の機会が提供」されることが権利として示されている。食品表示はここでいう「必要な情報の提供」の有力な情報の一つとして位置づけられている。
 TPP協定交渉において食品表示について、米国等から遺伝子組み換え表示の撤廃要求についての懸念がある。
 現在わが国においては、大豆、トウモロコシ、バイレイショ、アルファルファ、てん菜、ナタネ、綿実及びパパイアの農産物8作物と、それらを主な原材料とする加工食品(原材料に占める重量の割合が上位3位までもので、かつ原材料に占める重量の割合が5%以上のもの)に対して「遺伝子組み換え」または「遺伝子組み換え不分別」との表示の義務付けや、「遺伝子組み換えではない」との「任意表示が規定されている。米国においては一切不要、EUは遺伝子組み換え材料を使用した食品のすべてに表示を要求している。
 わが国で現在流通している遺伝子組み換え食品は、安全性に関して科学的に評価されたもののみである。したがって、当分野に関する表示制度は、安全性の確認を目的としたものではなく、消費者の知る権利として規定されたものである。消費者の自主的かつ合理的選択の権利は消費者の基本法の基本理念にも示されているところであり、自立した食生活を送るわが国の消費者にとって決して侵されてはならない権利である。
◎2013年6月28日に、これまでの食品衛生法、農林物資の規格化及び品質表示の適正化に関する法律(JAS法)および健康増進法の各法律のうち食品表示に関する部分を一元化する形で食品表示法が交付された。この法案の国会審議の過程において、衆参両院でTPPに関しての同内容の付帯決議がなされている(衆議院の付帯決議「環太平洋パートナーシップ協定の交渉に当たっては、遺伝子組み換え食品の表示など、食品表示を含め、消費者の安全・安心に資するため万全を期すこと」)。
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