田んぼとビニールハウス
大西勇さん
大西 勇さん


美山町地図


ビニールハウス
 大西さんのビニールハウス


藤田さんと戸本さん
 大西さんと戸本さん

大西さん

京都府南丹市美山町大西 勇(おおにし いさむ)さん(39歳)


この新規農業応援も4人目となる。
今回は「林業の世界から農業へと転身した39才の人がいる」と聞き、「そもそも林業ってどういう方法で就職するんだろう。林業といえば田舎暮らし、自然暮らし、なのになぜそこからまた農業に変わろうと思ったのだろう…」という疑問もあり、お会いしてお話を伺うことにした。

彼の名前は 大西勇(いさむ)さん。茅葺き集落の美しさで有名な京都府南丹市美山町にお住いの男性である。
大阪の一大マンション群の広がる都市で26歳までを過ごした都会っ子が、なぜまた林業の世界に?
まずは、「なぜ林業の世界へ入ろうと思ったのか?」と 大西さんに尋ねてみた。

ご両親は四国出身で、大阪に移住、千里ニュータウンに住居を構え、そこで育った大西さん。
子どもの頃からCMや美しい広告を見ても、「しょせんお金が目的なんじゃないのか」「きらびやかな世界や上っ面の社会はウソばかりなのか」「すべての営みやサイクルがお金で動いているのだろうか」と疑問を感じ、いつも「何がウソで何が本当なんだろう」と見てしまうところがあったらしい。四国育ちの母の考えの中で育てられた大西さんからすれば、巨大団地の都会生活にはなじめない何かがあったのかもしれない。
父親を早くに亡くしたこともあり、いつも「自分にはルーツがない、アイデンティティーがない」という気持ちを抱えていた。
「お金」という営みのサイクルの中に組み込まれて暮らしたくないという思い。「自分のことは自分でできる強さ」への憧れ。そんな中で「田舎に」という考えは ごく自然に生まれ、「自然の中で生きる」ことは当然の選択であった。
「自然と生きる」、その道として考えたのが林業だった。

とはいえ周りに林業をやっている知り合いもない。林業をしたいと思ってもその入り口もわからない。
そこで、大阪で開かれた林業関係のセミナーに足を運び、いろんな都道府県のブースを見て回った。大阪の最寄りでは岡山県と高知県くらいしかなく、ブースで話を聞いて、岡山の林業組合に就職することにした。
4年ほどそこで育林、間伐伐採の仕事をしていたが、「もっと突っ込んだ仕事をしたい」と考え、京都の美山にある林業の民間会社に移り、林業に本腰を入れる気持ちで南丹市美山町に家も買った。
毎日山に入り、身体への負担やケガやダメージも大きい日々。仕事が嫌いなわけではなかったが、「これでいいのか?」という思いが生まれる。
「これから先もこのような生活が続くのであれば、体も生活も壊れてしまう…家族、家庭、仕事、地域…もっとバランスのとれた生活を考えなければ…」と自問自答する日々。
大西さんは4人家族、奥さまは介護施設で勤務されており、泊まりの夜勤もある。下の子はまだ小学生、どんなに疲れて山から帰っても、奥様が夜勤の日は子どもを見なければならない。「人のために」と働く奥さんのことも応援してあげたい。でも、たまの休みの日は地域の草刈り、道の整備、田舎には様々な「役」がある。広大な地域を少ない人間で運営していくためには当然「役」も多く、やらねばならない家事はたまっていく。家族のために働いているのに、家族のためになっているのか…?
そんな葛藤の中で、新しい道として「農業」にたどり着いたのは大西さんの中では自然なことだった。
でも、農業をするといっても方法もわからなければ農家に知り合いもない。

「ではどうやって指導員である戸本さんと出会ったのですか?」と尋ねると、
戸本勝友さんが
「農家したい人がいるから話を聞いたげて、とお寺から言われたんや」。
田舎は集落の結びつきが強く、中でも「お寺」は人々と大きくつながっている。
戸本さんの住む集落にもお寺があり、そのお寺の子どもが大西さんの子どもと同じ小学校に行っていたことで、大西さんの「農家になりたい」という気持ちは田舎のネットワークの中で結びつき、戸本さんに出会うことができた。
戸本さんに「指導員になってください」とお願いしたところ、「機械も資本もないので、国の補助制度に乗って補助を受ける形でスタートした方がいいだろう」ということになり、さっそく大西さんは行政に新規農業に関する補助金制度について聞きに行った。
行政は、新規に農業を始めようとする大西さんに対して、
「お金にならへんよ」
「雪深い地域で冬は何を作るつもり?」
「農機具ないの?どうするの」
「資本ないの!?」
と次々の質問。
まるで「クリアしていかないといけないハードルがいっぱいあるのに、あなたにそれができるんですか?」的な対応だった。
大西さんが、農業を半端な気持ちで始めようとしているのではないこと、覚悟を決めて申し込みに来ているのだということ、相談できる戸本さんという存在もあることを伝えたら
「とりあえず1年間の営農計画、見積りを作れ。売り上げがいくらになるかを示せ」と言われたのである。

そんな、畑があるわけでなし、まったく農地・農機具もないのに売上計画!? 
「営農計画ってどう書くねん……」
途方に暮れる大西さんは戸本さんに相談に行った。
そうやって、作物は何を作るのか、どれくらい作ればいくらの売り上げになるのか、などを戸本さんに教わりながら手続きに必要な書類を書き上げ、大西さん本人も補助金制度に乗れるように積極的に動いた。

以前に取材をさせてもらった森下さん(新規就農者宣言A)も、行政の対応は「新規に農業?やめとけ、といわんばかり」と言っておられたので、私が「農家の高齢化が進み、農業人口が減る中、行政は新規農業者を求めているのではないのか?ポスターやホームページには「新規農業者の若者、ウエルカム!」みたいな印象を受けるのに…」とちょっと憤慨して言うと、大西さんは、
「普及センターには『補助金どうやったらもらえますか?』という農家志望の電話がいっぱいかかってくるらしい。その中で行政も『本当に農家ができるのか』『ずっとやっていけるのか』をふるいにかけて行かねばならないだろう。国はお金を出す人であって、すべてを受け入れる一括受け皿ではない。補助金を出してもモノになるのかならないのかの判断を行政はしなければならないから…乗り気でないのは仕方ないこと。」と落ち着いて話された。至って冷静な人である。
 
書類も整い、行政も「そこそこできるな」という判断をしてくれたようで、
「補助金事業に乗るなら、京北町の研修先の農家を紹介する。その指導員のもとで1年間やってみろ」という話になった。


その研修先の農家は大規模経営で、人手を欲しがっていた。農家として独立できるような指導をしてくれるというよりも、毎日の農作業を日々こなす形ではあったが、それでも初めての自分には学ぶことは多かった。
1年がたったころ、「自分は農業で独立したい。作物の作り方だけでなく、農家として生きていくための指導を受けたい」と思い、戸本さんに「僕の指導員になってください」と頼みに行った。こうして美山町の戸本さんのもとで農業を本格的に学んでいくことになる。

手始めに、丹波といえば黒豆、そして水菜に万願寺とうがらしにキュウリ、4品目の野菜を教わりながら栽培した。そして収量は思いのほか順調だった。収穫できた野菜は組合に出荷したり、美山町の山間にある山菜加工工場に売ることもできた。

美山町でも高齢化のため放棄された田んぼがたくさんあるが、「作ってくれたら機械は貸すよ」という申し出があったので戸本さんと相談しながら米も作ることにした。
しかし放棄されていた田は石と雑草だらけ、圃場としてはあまりにも悪く、土建工事から始めなければならなかった。
苦労して田んぼを整え、1.5反を2枚、2反を1枚と合計3枚の田を作った。

大西さんは「やっと基礎ができたところ。これからです」と言う。
戸本さんは「どこもそうやけど、美山町も高齢化してる。若いメンバーに頑張ってもらわんと。」と大西さんを温かい目で見ておられた。

TPPの不安の中、これから専業農家で食べていけるのでしょうか、そんな質問を私がすると戸本さんは
「JAに卸してるだけでは食うていけん。米は自分で販路を持ってればやっていける。JAは30s5000円〜6000円、産直米だと7000円、値段が違う。販路は必要や」と答えた。

大西さんに「これからの目標は?」と尋ねると、
「基礎の4品目をきっちり作ること。戸本さんに教わった売り先・販路がある、そのベースは大きい。
僕にしかできないブランド力を持てたら…と思う。でも、こだわりすぎて、自分の思いばかりになるのはよくない、楽しみながら作り、戸本さんのような人たちに教わりながら力をつけていきたい。今はまだ吹けば飛ぶような存在でしかない、1つが崩れたらガタガタになる。ガチッと力強く根を張りたい。農家としても、この地域の中で暮らす人としても。」と、とても芯の通った答えが返ってきた。

「新規に農業を始められるときはどの人も行政の申し込み窓口とのやりとりで苦労されているようですが、『行政がもっとこうだったら』と思うことや改善してほしいことってありますか?」と聞いてみると
「行政が新規農業者に対して壁を作ってる部分はあるが、やはりそれでも僕は壁があったほうがいいと思う。安易に考えて農業を始めようとする人も多いだろうし。
行政が全部おぜん立てして『さあどうぞ、全部用意しましたからいつでも農業できますよ』というのでは、本当の意味で人は農業に根付かない。
僕が行政に望むこと?…もっと農業の本質をとらえた広報があればいいな。「やってみたらオモロイもの」という攻め方があればいい。あとは、機関として新規農家の先輩にあたるようなものがほしい。全く手探りの中で不安を抱えて農家をやってる身としては、新規農家の先輩たちのような機関が『大丈夫や、この状態でやっててもいい』とか『将来のためにそろそろ〇〇をしておいたほうがいい』とか、そんなアドバイスしてくれたりするような機関」

なるほど…そんな機関があれば新規農家ももっと根付くかもしれない。
農業人口が増えないのは受け入れ側の問題、やりたい人はどんどん入って来れるような行政の在り方が必要なのではないか、という声もある。でもやはり行政の壁は、新規農家にとっても地域にとっても必要なものなのだな、と話を聞いて改めて感じた。

農業をするには覚悟とセンスがいると聞く。それについて尋ねてみると
「センス…ですか。たぶん、農業を好きかどうか、やりたい気持ちがあるかどうか、それが農業のセンスにつながるんだと思う。センスというよりスタイルといったものかな。生き方のスタイルみたいなもの」
という大西さんの答えに戸本さんが
「彼は、両方持ってるから。地域にも溶け込んでるしな。それがええ」と言われた。いい師弟関係である。

「サラリーマンをしながら農業する兼業農家もあるけど、僕はそれでは農業の一番の醍醐味を失ってる感じがして…」…大西さんは本当に今、農業を楽しんでいるようだ。

大西さんの毎日はとても忙しい。
地域の役もたくさんある。消防団があり、子供がおればPTA。地域にあっては青年会で春夏の祭。そして日役……。
仕事が休みでもやらねばならない地域のことはいくらでもある。両方をうまく成立させるのはむつかしいが、両方のバランスを取ろうと大西さんは頑張っている。

田舎での新規農業…地域に溶け込もうとする努力も時間も必要である。でもそのことこそが、人とのつながりを強くし、地域の中で根を張り、農家としても自立していく道につながっていくのだろう。

                             (燗記)

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