藤田さんビニールハウス
藤田真吾さん
藤田 真吾さん


滋賀地図


ビニールハウス
 藤田さんのビニールハウス

藤田さんとビニールハウス

藤田さん


藤田さん

滋賀県栗東市藤田 真吾(ふじた しんご)さん(34歳)


武術を志し大阪にその場をもとめた藤田真吾さんが、いかにして縁もゆかりもない滋賀県での新規就農にたどり着いたのか。それは「戦わない絶対平和」と「他者との調和と融合」という空手の極意。自分の在り様で世界が変わるという哲学を体現する修行の一環でありました。



35度を越える8月の暑い日、武道の世界から農業へと転身した人がいると聞いて会いに行ってきました。

藤田真吾さんは34歳、フルコンタクト空手で全日本大会にまで出た強者。ガッシリした体つきではあるものの、背がスラリと高く、精悍だが清爽な佇まい。いわゆる筋肉モリモリの空手の猛者というイメージとは全然違って、笑顔がなんともステキな男性です。

なぜ格闘家から農家に? と、話はそこからスタートしました。

藤田さんは徳島県出身。両親は学校教員という固〜い家庭で育った。15歳から空手を始め、高校卒業後はK-1の選手になるという夢をかかげて単身大阪へ。
日中は警備の仕事を、そして夕方からは極真空手の道場をいくつも掛け持ちで指導する毎日を過ごす。
でも、次第にそんな日々と生き方に疑問を感じるようになる。

自分の求めている空手はこれなのか? 実戦で使える空手って何なんだろう…?

そんなモヤモヤとした気持ちを抱えていた25歳の時、人生の師ともいえる人に出会う。

その人は沖縄空手の先生。 技を磨き、身心を鍛えるだけでなく、「今の日本、若い者がしっかり考えて建て直していかんとあかん」と、空手だけでなく人として何をすべきか、人間としてのありかたを教わる。
師からいろいろな教えを受ける中で、自分のこと、日本のことを考えるようになり、環境保護の活動にも参加するようになった。
同じ師のもとで空手を習っていた中に、環境活動に熱心なハンガリー人の若い女性がいた。それが今の奥様である。
彼女は「環境保護の仕事がしたい」と、滋賀県の環境保全会社に就職。時期を同じくして2人は結婚し、28才で滋賀県に移住する。
藤田さんは、環境にも社会にも貢献できる「農業」を仕事にしたいと思うものの、滋賀県には知り合いもいない。
まずは県や市の公的機関を訪ね、「新規に農業をしたいのだが、どうすればいいのか」と相談する。しかし、「そんな甘いもんじゃない」 「責任持てない」と、ことごとく断られる。それどころか、ハローワークの行き方をコピーして渡される始末。
警備の仕事は辞めて来てるし、奥さんのご両親の手前もあり、いつまでも無職でいるわけにはいかない。役所はあてにできない、こうなりゃ教えてくれる人を自分で探して聞くしかない…。
そう考えた藤田さんは、自転車であちこちを走り回り、たんぼや畑で仕事をしてる人を見つけては 「僕に農業を教えてもらえませんか?」と片っ端から尋ねて回る。なんとも大胆、なんとも行き当たりばったりな行動である。

しかし農家からしてみたら、見知らぬ自転車の若者に突然そんなことを言われても「いいですよ」と言えるはずもなく、当然みんな教えてなどくれない…。
困り果てた藤田さんは、「そうだ!! 農業といえば農協や!」と草津市の農協の門をたたく。「農業を教えてくれる人、いませんか?」と尋ねると、「こっちはそんなんはないなぁ。今流行りの若者のあれか?」 と体よく断られてしまう。

「なんでこんなにたんぼがいっぱいあるのに農業を教えてくれる人がいないんや…」
毎日毎日真夏の暑い中を自転車で走り回り、教えてくれる農家を探す日々が続く。
普通なら諦めてしまうのだが、そこはさすがに体育会系、へこたれない。根性の人である。

そんなある日、強烈に暑い中でたんぼを手入れしてる人を見つける。
「農家は普通は朝夕の涼しい時に仕事するはずなのに、こんな日中の暑いさなかに働いてるとは、間違いなく農業のプロや!!

そう確信した藤田さん、「僕に農業を教えて下さい!」と声をかける。
その人は「僕は従業員なんで、社長に連絡しときます」と言ってくれ、ついに滋賀有機ネットワーク栗東グループの鈎(まがり)英夫さん(60歳)と会うことになる。

この滋賀有機ネットワークは、食の安全や健康のための農業、環境保全型農業をめざす農業者のネットワーク組織。滋賀県内の大中、安土、栗東の3つの生産者80件ほどが加入している株式会社である。

藤田さんは鈎さんに、「給料いらないから僕に農業を教えて下さい!」 と頼み、やっと鈎さんのもとで研修を始めることができるのである。

一般には行政の支援を受けて新規に農業を始める場合、2年間の研修が必要であるが、鈎さんは、「研修は何年間も必要ない、数ヵ月でええ。自分の財布で損しながらやったほうが身につく」 という考えの持ち主。
6月に農業のイロハから教わり、11月にはハウスのパイプを建てるというスピード研修となる。
鈎さんの、「自分の思うようにやれ、人に言われてやっても身につかん」の言葉どおり、たくさんの失敗が藤田さんを成長させる。
藤田さんは結婚していることもあり、早く独り立ちしたい。行政に門前払いされまくったため、新規就農の補助金制度のことも知らなかった。なので、独立に必要な資金を身内に頼み込み、1000万円借りてなんとか独立のメドが立った。
今から思うと、行政の制度を知っていれば補助金などの恩恵が受けられたのに、と思う半面、受けなかったからこそ半年という短期の研修で独立することができた、嫁さんがいて一刻も早く独立しないといけない状態の自分には、結果的には補助金制度を受けずに正解だったとも思う。

独立にあたり、鈎さんが有機ネットワークに話を通してくれ、ネットワークのメンバーとなって葉物野菜を栽培することも決まった。
しかし栽培するには土地が要る。土地を買うまでの費用はないし…。
鈎さんに相談すると、鈎さんは有機ネットワークメンバーの会合で 「若い人が野菜やりたい言うてるけど、誰か土地貸してくれへんか」と聞いてくれた。「俺とこの農地使え」と手を挙げてくれる人がいて、川沿いにハウスを建てることになった。

こうして16棟のハウスからスタートした農業も、2年目には生協に出荷できるまでになった。3年目には国や農協の補助を使ってトラクター2台と種まき機1台を購入し、今では16棟×3ヶ所、1町ほどのハウスと露地1町の広さとなっている。

大雨でハウスが水に浸かったり、トラブルは多い。なので1ヶ所に土地をまとめずに、分散させて何かあっても他でまかなえるようにしておきたい。
いつ「土地を返してくれ」と言われても大丈夫なように、いくつか土地を持っておきたい。だからこそ今は儲けよりも攻めの農業に徹している。毎年毎年土地を広げ、お金は余らさずに自分を追い込んでいく。
「できる時にどんどんやっておく。余裕ができたら営業をかけていく。僕は常に自分の尻に火がついた状態にしておかないと怠けてしまうんです…」

そう言う藤田さんは現在34歳、農業を始めて5年目になる。
ここまでがむしゃらに走り続けてきた。ズブの素人が、今では有機ネットワーク栗東グループの会長である。
グループを率いる責任が加わり、今年は営業先を広げ、長浜市合同市場にも固定価格で出荷できる話も決まった。栗東グループのメンバーも盛り上がってきている。

農業は楽しい。自然の中で身体を動かすことも、そして農業そのものも好きだ。植物が育つのを見ているのも楽しい。
でも自分は「農家」という感覚ではない。あくまでも「空手」がベースにある。農家も空手の修業のひとつだと思っている。空手は全体が見えていないと勝てない。部分体で動いていると力は入らない。全体で捉えることで気を発せられ、本当の強さが生み出せる。
農業も同じ、全体が見えていないとやっていけない。栽培管理も先手先手に出ないと虫にやられてしまう。
空手も農業も「この瞬間」を逃すと負けてしまう。
武術は精神的な 「向かっていく心構え」が大切だ。それは農業にも通ずる。

農業はアイデア次第で物の売り方も広がる。個人ではできることが限られるが、グループとして動くと量販店に売り込みもかけられる。
価格競争をしていたら外国にはかなわない。食べてくれる人を裏切らないような品質を、低価格の努力をしながら作り続けていくことができるように頑張りたい…。

そう話す藤田さんは、やはり武道家だ。先を考えながら次々と攻めていく。「闘う人」の生き方なのだ。生き方自身が格闘家なのである。空手が培った、もともとの哲学がある。「武道家から農家に転身した」のではなく、あくまでも「武道の精神のもとに農家をやっている」というほうが正しい。

最後に藤田さんに「40歳には、どんなふうになっていたいですか?」と尋ねてみた。

「時代を敏感に捉えた農業をしていきたい、そして有機ネットワークをいい状態にしておきたい。農業にも関係するが、エネルギー問題などのような社会へのアプローチを新しく作っていければ…」と、答えてくれた。 単に「畑を何反に」とか「売上をいくらに」という自分だけの目標ではなく、社会の中でのありかたが目標なのである。

藤田さんは今も月に一度、沖縄空手の師のもとに通い、空手を続けている。
奥さんは環境活動の団体を立ち上げ、日々ネットワークを広げている。
「そのおかげで、農業と全く関係のない人にも出会えていろいろなことを教わることができる。 本当に日々勉強です、学ぶことはまだまだあります。」

そう話す藤田さん。これからもいろいろなことを吸収して、ますます大きな人になっていくだろう。

私たちは新規就農業者の人たちの取材をして感じることがある。それは、どの人たちも生活は厳しいが、農業をやっていくという決意に揺らぎがない。
そして必ず、その人たちには支えてくれる受け手の農家がいる。
その農家は単なる技術指導者ではなく、新規就農者と地域を結びつけてくれる存在であり、人と人とを繋ぐ軸となっている。

農業は独りの仕事である。だが独りでは続かない仕事でもある。

藤田さんの生活はまだまだ厳しい。借金も返しながら土地を広げる攻めの農業に余裕はない。でも藤田さんには様々な世界の人とのつながりがある。
その様々な人たちの考え方が藤田さんを育て、これからも日々走り続ける原動力になっていくのだろう…。

(燗記.2014.8)

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