農業の未来
農業の未来〈2〉

“オルタナティヴ農業”をどう発展させるか
―もう一つの農業のあり方を求めて、なぜ今アグロエコロジーなのか―


NPO地域に根ざした食・農の再生フォーラム理事長
滋賀県立大学名誉教授
小池 恒男

4.アグロエコロジーをどう展望するか

1)オルタナティヴ農業のもつ重要な意味
 1節では、地域農業の次世代への継承、地域農業の持続的発展をめざすべき農業のあり方、このめざすべき農業を実現するために求められる三つの基本方向、とりわけ、わが国農業を取り巻く経済的社会的、自然的環境からみて現時点で改めて強調されなければならない第二の基本方向の重要性について論じた。
 つづいて、この第二の方向の基底に位置づく低投入・内部循環・自然との共生めざすアグロエコロジーのもつ重要性について論じた。そしてそれは単に農法の選択というレベルにとどまらず、アクロエコロジーの取り組みが、より身近に市民と目標を共有して取り組める“オルタナティヴ農業”の発展につながり、延いてはそれが、地域農業の次世代への継承、地域農業の持続的発展をめざすべき農業の実現に向けての三つの基本方向に向けた政策選択を可能にする国民合意の形成に向けて果たす重大な役割について論じた。
 以上の課題の設定について、以下で重ねて三段論法で確認しておきたい。地域農業の次世代への継承、地域農業の持続的発展という農業のあり方を当面のわが国農業の目標と置くとき、第一に、大規模農家への集約化と産地育成、市場出荷を目指す農業、さらにはそこに集落営農や大規模農事組合法人等々の地域で考え出される自由で、柔軟で弾力的な対応可能な農業支援の体制づくりという方向、第二に、直売所をはじめとする地産地消の取り組み、自家加工、農家民宿・農家レストラン、自然再生エネルギー、補助金総取り込みの取り組み等々によって支えられて立ち行く多くの中小規模農業や兼業農家のめざす農業という方向、そしてこの両者がよって立つ岩盤、揺らぎなき岩盤となる「くらし支える農村」づくりという第三の方向がこれに加わる。かかげたわが国の農業の目標を実現するうえでこの三つの基本方向が重要であるというのが第一命題である。
 しかるに、今日のわが国農業を取り巻客観情勢を鑑みるとき、とりわけ第二の基本方向であるオルタナティヴ農業の重要性が強調されなければならない。これが第二命題である。ゆえに、第二の基本方向のオルタナティヴ農業の根底に位置づくアグロエコロジーの普及と定着がきわめて重要な意味をもつことになる、というのが第三の命題であり、結論である。

2)GAPのもつ意味
 GAPは、Good Agricultural Practice(適正農業規範、現在の農林水産省の統一呼称は農業生産工程管理)、「農業において、食品安全、環境保全、労働安全、人権、農業経営管理等の持続可能性を確保するための生産工程管理の取り組み」と定義されている。 07)
 GAPのわが国の取り組みの先がけがイオンのマーケティング戦略の一環として打ち出されたこと、いきなりドイツの一民間会社によって提唱されたグローバルGAPと向き合うことになったこと、政府による東京オリンピック対策として喧伝されたこと等々の事情によって不幸にも少なからぬマイナスのイメージで受け止められることになった。しかしながら、GAPが先のように定義されるものである限りは、これは当然、無視すべきものではない、むしろ積極的に対応すべきものということになる。肝心なことは、地域が地域固有の適正農業規範を創り出して、産地アピールのための資料づくり、地域住民、消費者に農業を理解していただくための資料づくりという認識であろう。

3)「有機農業を核とする環境保全型農業」の推進対策
(1)なぜアグロエコロジーは定着・普及しないのか
 アグロエコロジーが普及していない実態については3節で確認したとおりであるが、なぜわが国においてアグロエコロジーが定着、普及しないのかというこの問いに厳密に科学的に説明を加えることはそう簡単なことではない。ここで紹介できるのはごく一般的理解の範囲でのその理由についての理解である。
 第一に、アジアモンスーン型のわが国固有の気候風土という条件(高温多湿、雑草との闘い)があげられる。第二に、水田農業、稲作はもともと環境保全型農業の典型であり、環境負荷は小さく、自然生態系と共生のもとに存立してきた、という無自覚があげられる。第三にあげられるのは不十分な政策支援である(打つべき有効な手立てを見い出せない)。第四に、収量減をともなうということ(稲作であれば、6/9俵≒三分の二)、誰が価格補償するのかの課題が未解決という点があげられる。第五に、過剰に品質管理(等級、選別)される市場流通の弊害(世界一とされるフランスの卸売市場ランジスでは数十社の卸売店舗が並ぶ1棟が有機農産物の店舗で埋まっている)があげられる。
 要するに生産者サイドには、リスクがともなう、所得減も覚悟、生産者はリスクが大きく、経営が成り立たないという基本問題が、消費者サイドには、それほど魅力を感じない、高価格は避けたいという志向、中産階級の崩壊等々の基本問題があるということである。
 以下では、政策面で大きく立ち遅れている行政、農協の政策課題について検討する。加えて、環境保全型農業直接支払で全国一の実績を上げてきた滋賀県が、2018年度に向けて取り組み強化を打ち出した、「環境こだわり農産物からオーガニックへの深化」への挑戦に注目しておきたい。

(2)行政課題
1.まずは試験研究、技術指導体制の確立、強化
 「有機農業を核とする環境保全型農業」はいまだ駆け込み寺を必要とする実態にあるということである。生産サイドにあるリスクを、とりあえず最小限にくい止める対応がまずはじめになければならない。
2.食の安全性、生態系・国土の保全に対する補償制度の導入
 有機農業の収量減をどう補償するかの課題である。ここでは稲作の例で一つの試算を試みておきたい。8)
 基準値は2015(平成27)年産の全国の10.00−15.00ha層(平均水稲作付面積12.22ha)の10a当たり粗収益108 803円、同所得35 271円(所得率32%)、10a当たり収量527kg(8.78俵)、価格60kg当たり11 282円、稲作総所得431万円(経営所得安定対策等の交付金を除く)。
 今この粗収益108 803円を有機稲作で確保するために必要となる販売価格と10a当たり補償額を求めることとする。
《ケースT 有機稲作の単収を6俵とした場合》
108 803円÷6俵=18 134円(必要となる1俵当たり販売価格)
18 134円―11 282円=6 852円(慣行作の価格との差)
6 852円×6俵=41 112円≒41 100円(必要となる10a当たり補償額)
《ケースU 有機稲作の単収を7俵とした場合》
108 803円÷7俵=15 543円(必要となる1俵当たり販売価格)
15 543円―11 282円=4 261円(慣行作の価格との差)
4 261円×7俵=29 827円≒30 000円(必要となる10a当たり補償額)
 この試算結果から明らかなことは、有機稲作の成立には技術的な条件は別として、単純な粗収益を補償するという一点での試算によれば、慣行稲作の粗収益を補うために必要となる10a当たり補償額は41 100円(ケースT)、単収7俵の前提で30 000円(ケースU)ということになり、その補償額はそれぞれの粗収益の38%(ケースT)、28%(ケースU)にあたるものとなるということである。
3.GAP導入への積極的な取り組み
 「有機農業を核とする環境保全型農業」の推進にあたってはGAPの精神を併せもって進めることが重要であるということ
4.国の環境保全型農業直接支払の単価(8 000円/10a)への上乗せ措置、国の多面的機能直接支払の単価(5 400円/10a)への上乗せ措置
5.「有機農業を核とする環境保全型農業」の三分の二への収量減に見合った需給調整貢献の認知
6.「有機農業を核とする環境保全型農業」が必要とする機材の購入に対する補助金の交付
 アグロエコロジーのための機材の開発の立ち遅れをどうカバーするのかの課題である。現場では悪戦苦闘の開発が進められているが、とにかく価格が高すぎて手が出ないというのが実態である。高性能機材の開発に対する助成が必要。加えて、「有機農業を核とする環境保全型農業」を支える高価な高性能除草機、マルチ田植えに向けた田植機、マルチ紙等々に対する補助が求められる。

(3)農協の取り組むべき課題
1.マーケティング活動の展開
 アグロエコ・フードの販路開拓は決して生易しいものではない。しかしながら国民の理解を呼び起こしながらのこの活動の意味するところは、4の1)で確認した趣旨にかんがみて異なる意味での重要な意義をもつものである。
2.アグロエコロジーに対応する生産者部会の立ち上げ
3.農協直売所でのエコフード・コーナーの設置
4.JA-GAPをふまえて農協独自のGAPを立ち上げる、その検討のための協議会を立ち上げる
 この点で高く評価されるのは、神奈川県JAはだのの直売所「はだのじばさんず」が独自のGAP、「Jiba―GAPを立ち上げた取り組みである。120人の実践出荷者(ほぼ毎日出荷する会員の3割)、40項目でスタート、2019年01月には127項目にわたって明文化、神奈川県の県GAPを運用するという取り組みである。09)
5.フランスにおける農協の積極的対応に学ぶ
 フランスの、単なる規制の強化という受け止めを超えての、「ローインプットーハイリターン(見返りの大きさ)」という農協の積極的な対応に注目しておきたい。

(4)滋賀県の「環境こだわり農業からオーガニックへ深化」という挑戦
 滋賀県は「環境こだわりからオーガニックへ深化」の取り組みを提起している。10) 2019 年度から水稲での有機栽培面積「日本一」を目指すとして、2023年で500ha、2028年で1 000haを目標値としてかかげている。県はその必要性について、「環境こだわり農産物の一層のブランド力の向上・消費拡大を図り、さらなる琵琶湖等の環境保全、安心・安全な農産物の供給へとつなげていくため、高度な取組へのステップアップが必要」としている。11)

4)アグロエコロジーの定着・普及をめざして
 ことは食品の安全性、生態系、国土保全(景観も含めて)にかかわる問題である。小手先のプレミアム価格でお茶を濁しておくというような姑息な対応ですむ話ではない。アグロエコロジーの目指すところは「有機農業を核とする環境保全型農業」を超えて、ではあるが、しかしさりとて決してそれより困難な、よりレベルの高いアグロエコロジーという意味ではなく、なぜなら、逆説的な言い方になるが、普通の農業、慣行作農業が成り立たないような状況の中でアグロエコロジーが成り立つはずがないとも言えるのである。しかしこうも言えるのではないか。その先に究極的姿としてあるのは「アグロエコロジーが普通の農業」なのだ、と。

(本論の執筆にあたって、滋賀県の食のブランド推進課から丁寧なレクチャーをいただいた。記してお礼申し上げる次第である)



注01)今後の農政をめぐって浮上することが予想されるのは、産業政策と地域政策の峻別という論点である。その際に重要なのは、まずはじめに産業政策とは何か、地域政策とは何かを明確な定義のもとに議論を進めること、第二には農業・農村に関してはその両者が密接に関連していること、加えて、農業政策がもっとも地域政策として有効だという点を実証的に明確に示すことである。
02)日本農業新聞2016年6月5日、農村学教室今日のテーマ、関根佳恵「家族農業とアグロエコロジー」
03)国はこの環境保全型農業直接支払の有機農業に対して4000円/10aの支援単価を設定しているが、これに関しては「国、地方公共団体の負担割合1:1を前提として設定」としている。そして、「原則として、国は、地方公共団体による同額の負担が行われた取組に対して、交付金を交付」すると規定している。国4 000円、都道府県2 000円、市町村2 000円、合計8 000円/10a(それぞれの負担割合1/2、1/4、1/4)
04)農業・食品分野の重視を鮮明にするマクロン政権は、新しい法律案(「安全で持続的な農業及び食品部門における商業関係のための法律」)を国会に提出した。法案には、「農産物価格について「農業者に支払われる価格形成過程の逆転」との事項があり、「生産者の生産費用が価格形成の基礎になる」との記述がる。また、有機農業による農産物の売り上げを全体の20%以上とすることとしている。 農業協同組合2018年06月20日
05)国の環境保全型農業直接支払は、全国共通取組の3項目と、地域特認取組の14項目、合計17項目から構成されている。
06)このことに関しては、以下の京都新聞(2018年02月08日)の報道に注目しておきたい。
 国は来年度から17項目の取組のうち、有機農業など3項目の「全国共通取組」に交付金を優先配分する方針を示している。さらに魚が産卵するため遡上する「魚のゆりかご水田」整備など、県が独自に設定した14項目の「地域特認取組」の内容や交付額も見直し、予算枠を抑える考えだ。三日月大造知事は「国の制度見直しで19年度以降に地域特認取組の交付金が減額されても県が穴埋めすることはできない」としており、交付金確保が見込める有機農業を重視する。
 ちなみに2017年度における滋賀県の環境保全型農業直接支払の実施面積は17 204ha(第1位、第2位は北海道の14 882ha)。同様に、地域特認取組の実施面積は15 510ha(第1位、第2位は北海道の3977ha)。滋賀県は国に先駆けて、2001年度から「環境こだわり農業」に取り組んできた経過がある。
07)農林水産省生産局農業環境対策課『GAP(農業生産工程管理)をめぐる情報』2018年01月。しかしここでうたわれている2項の「環境保全」は、環境保全型農業直接支払でいう環境保全型農業とは別のもの、5割減基準とは無関係のものである。したがってGAPを推進すれば環境保全型農業が広まるという関係にはない。
08)試算はつぎの資料に基づいている。農林水産省『平成27年産 米及び麦類の生産費』2017年06月
09)日本農業新聞(2018年02月13日、02月26日)を参照
10)日本農業新聞(2018年02月13日)「環境こだわり農産物 オーガニックへ深化」
11) 滋賀県農林水暗部食のブランド推進課「環境こだわり農業の深化に向けた中間論点整理(案)」
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