農業の未来
農業の未来〈2〉

“オルタナティヴ農業”をどう発展させるか
―もう一つの農業のあり方を求めて、なぜ今アグロエコロジーなのか―


NPO地域に根ざした食・農の再生フォーラム理事長
滋賀県立大学名誉教授
小池 恒男

1.日本農業の未来をどう描くか

といっても本論で仰々しくあるべきわが国農業の未来像について語るつもりはない。ささやかながらこの際、改めて地域農業の次世代への継承、地域農業の持続的発展をめざすべき農業のあり方ついて考えてみたいと思い立ったに過ぎない。しかしながら少なくとも今日、わが国のめざすべき農業のあり方について論じるということであれば、以下のようなそれを導き出す三つの基本方向が設定されなければならないであろう。
 一つの方向は、大規模農家への集約化と産地育成、市場出荷を目指す農業、さらにはそこに集落営農や大規模農事組合法人等々の地域で考え出される自由で、柔軟で弾力的な対応可能な農業支援の体制づくりを付け加えたい。
 もう一つの方向は、直売所をはじめとする地産地消の取り組み、自家加工、農家民宿・農家レストラン、自然再生エネルギー、補助金総取り込みの取り組み等々によって支えられて立ち行く多くの中小規模農業や兼業農家のめざす農業である。もちろん両者は、長期的にみれば相互に入れ替わる関係にあり、かつ相互に支え合う関係にもある。そしてこの第二の方向の基底に、低投入・内部循環・自然との共生めざすアグロエコロジーがしっかり位置づいているという“オルタナティヴ農業”の発展がきわめて重要な意味をもつことになる。
 もちろん第三に、この両者がよって立つ岩盤、揺らぎなき岩盤となる「くらし支える農村」づくりという第三の方向がなければならないが、農業サイドにおけるこの三つの方向に向けた誠実な遂行が、フランスでもない、アメリカでもないこの日本においては、この三つの方向に向けた政策選択を可能にする国民合意の形成に向けての重大な責務としてあることを強く意識する必要があるのではないか。とりわけ第二のより身近に市民の目標を共有して取り組める“オルタナティヴ農業”の発展が重要な意味をもつことになる。01)。

2.アグロエコロジーとは何か

―「有機農業を核とする環境保全型農業」とアグロエコロジー―
 そこでまず第二の方向の“オルタナティヴ農業”の基底に位置づくアグロエコロジーとは何かについて明らかにしておきたい。ヨーロッパで急速に広まりつつあるアグロエコロジーについて関根佳恵は、フランスの農業・食料・森林未来法をふまえて(2014年制定)、以下のような定義と解説を提示している。
 定義「環境及び社会にやさしい農業、その実践と運動、そしてそれを支える科学」、解説「それは、生態系の営みに配慮した有機農業や自然農法の実践や問題意識と共有する点が多いが、単に農薬や化学肥料を使用しないだけではなく、ますます巨大化する農業食料産業の中で小規模な家族農業が経営を安定させ、持続可能な農業を営むための方策を示すもの」。02)
 一方、わが国において有機農業の推進に関する法律(2006年制定)が規定しているこれに類似する農業のあり方にかかわる概念は、同法の第二条(定義)において、「この法律において有機農業とは、化学的に合成された肥料及び農薬を使用しないこと並びに遺伝子組換え技術を利用しないことを基本とし、農業生産に由来する環境への負荷をできる限り低減した農業生産の方法を用いて行われる農業をいう」と定義されている。また、環境保全型農業直接支払交付金制度においては、環境保全型農業の規定に「5割低減の取組」(化学肥料及び化学合成農薬の使用を地域の慣行から原則として5割以上低減する取組)という基準を置いており、そのうえで有機農業に「化学肥料及び化学合成農薬を使用しない取組」と定義している。このことを農薬と化学肥料の使用の二次元区分で図示を試みているのが表1である。これによれば、2-2、2-3、3-2が環境保全型農業、3-3が有機農業ということになる。全体としてここからうかがえるアグロエコロジーについての認識は、「有機農業

表1 環境保全型農業直接支払制度における二次元区分に基づく環境保全型農業並びに有機農業の把握

農薬と化学肥料の使用水準 農薬
1通常撒布2減農薬 3無農薬
化学肥料 1通常施肥1-1慣行作1-2減・通1-3無・通
2減化学肥料 2-1通・減 2-2減・減 2-3無・減
3無化学肥料 3-1通・無 3-2減・無 3-3無・無
 ただし有機農業の推進に関する法律は、定義からも明らかなようにこの2つの条件のほかに「遺伝子組換え技術を利用しないことを基本」とすると規定しているので、表中の2-2から3-3に至る4区分の環境保全型農業には当然のことながらこの第三の条件が付け加わることになる。

を核とする環境保全型農業」というものである。03)
 以上の理解をふまえて、ここで確認すべき基本的な認識は、「有機農業を核とする環境保全型農業」もまた、多様にとらえられるアグロエコロジーの一形態であるという点である。


3.アグロエコロジーはどこまで進んでいるか

 たとえば一つの指標として、2011年度にスタートした環境保全型農業直接支払制度で「有機農業を核とする環境保全型農業」としてとらえられている環境保全型農業ないしは有機農業の取組の推移についてみておきたい。
 表2で明らかなように、環境保全型農業がこの7年間に5.3倍の伸びを示している。これに対して、有機農業の伸びは1.3倍にとどまっている。それよりも何よりもみておかなければならないのは、両者の耕地面積を分母とする栽培面積割合が、環境保全型農業で2.02%、有機農業で0.33%というあまりに小さなシェアにとどまっているという点である。これはフランスで7.0%、ドイツで7.5%とされる有機農業の栽培面積割合と比較すると雲泥の差というほかはない。フランスについていえば、国土は日本よりは小さいが耕地面積は日本の6.5倍(2900万ha)であるから有機農業の栽培面積もまた203万haと大きく、これは表2のわが国の14 593haの139倍ということになる。 4)

表2 環境保全型農業直接支払交付金の実施状況               単位:ha

分類別\年次 2011201220132014201520162017
カバークロップ2 91111 34411 83111 84913 15016 72218 437
堆肥の施用2 840*7 079*10 42612 39216 60818 52220 048
有機農業11 25814 46913 32013 26313 28114 42714 593
地域特認取組8 54715 53920 24021 14134 84536 700
環境保全型農業合計17 00941 43951 11457 74474 18084 56689 778
 資料:農林水産省『環境保全型農業直接支払』各年次

注1)環境保全型農業直接支払は2011年度からスタート
2)*堆肥の施用は2011年、2012年においては冬期湛水管理。2013年以降、冬期淡水管理は地域特認取組に繰り入れられた
3)カバークロップは「5割低減の取組の前後のいずれかにカバークロップ(緑肥)を作付けする取組」、堆肥の施用は「5割低減の取組の前後いずれかに炭素貯留効果の高い堆肥を施用する取組」、地域特認取組は「地域の環境や農業の実態等を勘案した上で、地域を限定して支援の対象とする、5割低減の取組と合わせて行う取組」と定義されており、有機農業を加えた合計値が環境保全型農業の栽培面積と理解される。2017年の田畑計の耕地面積は4 444 000haであり、これを分母とする2017年における有機農業栽培面積割合は0.33%、同じく環境保全型農業栽培面積割合は2.02%ということになる。
ドイツの農用地面積は1673万haであり、これは日本の3.7倍、有機農業の栽培面積は125万haでこちらは86倍ということになる。しかしこれは数字の違いだけの問題ではない。国の有機農業に対する考え方の違い、力の入れ方の違い、そして何よりもその背後にある国民の関心度合いの違い、理解度や支持の違いも大きい。農協や、生産者の意識の違いも相対的に大きい。
 表2で示された国の環境保全型農業直接支払制度に関して、2018年度に向けて現在大きな問題として注目しておく必要があるのは、実施面積においてこの制度の全体の41%を占めている地域特認取組に対する国の見直し、「予算の配分において、全国共通取組を優先」するという措置についてである。05)その中心的な取組に対するこの措置は、いわば即、国のこの制度全体の縮小を意図するものと受け止めざるを得ないし、地域の特性を無視する、地域いじめの措置と受け止めざるを得ない。とくにこの点については、環境保全型農業直接支払のうち、実施面積において地域特認取組が90%を占める滋賀県にとっては、致命的な影響を受けることになり兼ねない重大事である。06)
最後にわが国の有機農業に対する関心度についてみておきたい。表3で明らかなように、国の有機農業の栽培面積割合の目標値は1.0%ときわめて低レベルの設定である。これではまるでやる気なしの自己宣言に等しく、あまりにひどい目標値の設定と言わざるを得ない。


表3 農林水産省の他の主要施策の目標値
各指標
項目\
2016年度実績年度別目標目標値
(目標年度)
2017年2018年 2019年
飼料用米・米粉用米の生産量 525 012t476 303t 566 765t657 227t120万t*
(2025年度)
ガイドラインに即した
GAP導入産地割合
42%(目標) 51% 61% 70%70%*
(2018年度)
全耕地面積に占める
有機農業の取り組み面積割合
0.7% 0.8% 1.0%1.0%*
(2018年度)
資料:商経アドバイス2018年01月29日
注1)*飼料用米110万トン、米粉用米10万トン
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