基調講演
  次に4ページに進みまして、「農耕の起源、稲作の起源」についてみます。少しマニアックなテーマになりますけれども、一応稲作の歴史というものはどんなことかと振り返って簡単に見ておけばいいかと思います。
  農耕の起源は、おおよそ2万年前と言われているわけですね。それは起源であって、確立期となると1万年前と言われているわけです。これは稲ということではなしに、農耕、牧畜という意味です。
  稲は、実は日本にとっては外来種なんですね。野生の稲は日本にはなかったということです。世界的に見ますと西側でデカン高原、北側は北緯28°、南側はオーストラリアのアボリジニアが米を食べていたということが明らかになっております。東側は台湾までなんですね。ですから日本には野生稲の分布はなかったということです。
  ですから、南方から上がってきた焼畑型の稲作が琉球列島を経由して入ってきたルートと、水田が中国から、あるいは朝鮮半島を経由して入ってくる。ほぼこの三つのルートで日本に稲作が入ってきた、と言われているわけですね。
  それで、みなさん今日は若い人が多いから、みなさんはどのように教わったかわかりませんけど、私の高校時代に習ったことは「縄文式時代は採取狩猟文化だ。弥生式時代は農耕文化なんだ」と習ったんですけれども、今は教科書を見ますと「縄文も採取狩猟文化と稲作文化が並存していた」というように修正されているというのが実態でございます。
  しかし、縄文式文化は陸稲(おかぼ)が主体で、焼畑稲作です。品種的にいうと熱帯ジャポニカで、非常に粗放型農業であったということでございます。野生稲か栽培稲かを見分けるのは難しいのです、考古学的に。畦畔が確認できますと、それは後世まで残りやすいから有力な手がかりになるのですが、畑ですと畦畔がないのですから、耕作されていたということを確認することが難しいということがございます。
  それで、弥生式文化になりますと水田稲作が入ってくるんですけれども、本格的に展開するのはもっとずっと後のことです。弥生時代に温帯ジャポニカが入ってくるのですけれども、それでも、品種的にはなお熱帯ジャポニカの方がまだ優勢ということです。
  近年非常に有力な新説が発表されました。国の研究機関が発表したことですので、非常に有力なのですが、「ジャポニカ米の起源は中国ではなくて、インドネシアなど東南アジアの可能性が高い」という、有力な研究成果が発表されています。そうしますと東南アジアを経由して中国で栽培しやすいように改良されて日本に入ってきたということになるのではないかと推定されております。
  それから、私の高校時代、中学時代は、「稲作の起源は、中国雲南アッサム」としばしば習いましたけれども、近年になっては長江流域と書き改めてきております。
  二、三粒の種子が発見されるたびに、稲作の起源が遡っていくわけですね。しかし、1万年前とか、1万5千年前といった説がたびたび発表されるんですけれども、現時点で冷静に判断すれば、最古の稲作は東アジアで8千年前、そして日本への伝来、渡来は5千年前といったところがまあ妥当なのではないか。確実に考古学的に推定すれば、そこらあたりが妥当なのではないかと言われております。
2.農耕の起源、稲作の起源
3.田んぼとお米
−面積、生産量、水−
8.水田農業の課題
―田んぼの未来、お米の未来―
9.おわりに
−滋賀県地産地消推進協議会になにを期待するか−