食・農 with コロナ

新型コロナウイルスの感染拡大で農と食はどうなる
ー新型コロナウイルスの感染拡大とフードシステムにみられる
「まだら模様の混乱」ー


NPO地域に根ざした食・農の再生フォーラム理事長
滋賀県立大学名誉教授
小池 恒男

 わが国においてこの新型コロナウイルスの感染拡大がいかに大事件であるかを知る一つの出来事として思い知らされたのが、7月の恒例の祇園祭中止の報道であった。開催中止が、応仁の乱(1467−1478年)、第二次世界大戦についで3度目の出来事であるという事実が人々に事の重大性を直截に訴えた点は大きい。しかもこの祇園祭(起源は869年、貞観11年とされる)がかつて怨霊会と称され、マラリヤ、天然痘、インフルエンザ、赤痢、麻疹(はしか)等々の疫病の流行をはじめとする社会不安が深刻化する中、「穢れを祓う」ために執り行われたという伝えもまた皮肉というかそのめぐりあわせの不思議を感じさせるものであった。


第1節 感染症(疫病)とは何か

 感染症は、寄生虫、細菌、真菌、ウイルス、異常プリオン等の病原体の感染により人体にもたらされる反応(病気)の総称と定義されている。感染症(疫病)の歴史をヒモとけば、人類の歴史はまさに感染症(疫病)との闘いの歴史であったといえる。表1は新型コロナウイルスを歴代最大級の感染症との比較でみているが、過去の三大感染症ということでは当然のことながらここに天然痘(天然痘ウイルス)を加えるべきであるが、これに関しては正確な期限も不明であり、もっとも古い記録は紀元前1350年のヒッタイトとエジプトの戦争の頃とされているが、その後、1980年にWHOによって絶滅宣言されるまで、世界の各地で何度となく大規模な感染を繰り返していて、表1のような形でまとめて示すことが困難である。ただ2つの点で注目される。一つは、真に終息に至ったといえるのは天然痘のみとされている点である(逆に言えば、他のすべての感染症はいまだなお終息せずに感染途上にあるということである)。二つには、その終息に至らしめた種痘の発見が農業と大いに関係していたという点である。天然痘予防に用いられることになった種痘の発見は1796年であるが、その種痘は乳しぼりの女性が天然痘に感染しない事実に注目したエドワード・ジェンナーによって発見されたのである。
 天然痘、ペスト、スペイン風邪、そして現在猛威を振るっている新型コロナウイルスのいずれをとってみてもその人類に及ぼす影響に脅威を感じないわけにはいかない。それはあたかも微生物、自然によって人類が追い詰められている姿にみえるが、しかし逆にそれは、人類によって自然が追い詰められている姿でもあるのではないかと思えるのである。今回のコロナウイルスの宿主とされるコウモリにしてみても、人類によって棲家を追われ、人類に近寄らざるを得なくなって、人間が栽培する果実を食するようになって(コウモリは果実が大好物である)、人類がコロナウイルスに感染する機会が拡大されて、というストーリーに沿って理解されてしかるべきではないか。熱帯雨林の破壊等、環境の無秩序な破壊によって、地球温暖化によって、熱帯雨林に埋もれていた微生物、凍土の中から感染症の病原体となる微生物をよみがえらせるというようなことはいくらでも起こり得ることである。ほとんどの病原体がなお感染途上にあることを考え合わせると、そもそも人類が微生物に打ち勝ったり、絶滅したりするということなどは到底できそうもないことなのであって、人類ができることはせいぜい微生物と共生すること、つき合うこと、折り合いをつけることなのではないか、と思えてくるのである。

表1 新型コロナウイルスの歴代最大級の感染症との比較
指標\ ペストスペイン風邪新型コロナウイルス
病原体*1細菌(ペスト菌)インフルエンザウイルスコロナウイルス
感染時期1348−1420年1918−1919年2019年12月
感染者数不明*25億人
(世界人口の四分の一)
6 502 278人*4
死者数3 000万人4 800万人3421 032人*4
致死率30〜60%4.9〜7.9%6.9%
宿主ネズミ野生の水鳥
(オナガミズナギドリ)
こうもり
背景モンゴル帝国支配下に
おける交通の発展
第一次世界大戦*321世紀における
グローバル化
 資料:水溜真由美「人類とパンデミック」、『世界』2020年5月号他資料による

注1)環境保全型農業直接支払は2011年度からスタート
 2)いずれも現在なお終息に至っていない。真に終息に至ったといえるのは天然痘ウイルスのみと
   されている。
 3)*2 死者数と致死率から逆算すると5 000万人〜1億人。人口の3割を死に至らしめたという
   説もある。
 4)*3「第1次世界大戦の勝者は米英仏の連合国ではない。それはインフルエンザだった」という
   ドイツ陸軍総指揮官ルーデンドルフの言葉が残っている。
 5)*4 2020年06月12日、23:11現在


第2節 食料危機をどうとらえるか

 新型コロナウイルスの感染拡大で、世界各地で食料不足が生じる可能性が指摘されている。各国が講じる移動の禁止等がもたらす農産物の生産減退や、流通の混乱、輸出制限などが原因で起こる食料不足を懸念する声は高まっている。国連食糧農業機関(FAO)、世界保健機関(WHO)、世界貿易機構(WTO)もまた連名で4月1日に「食料供給の不確実性は輸出規制のうねりと国際市場での食料不足を招きかねない」という趣旨の共同声明を発表した。たしかにロシア、ウズベキスタン、ベトナム、セルビアをはじめとする13カ国がすでに輸出規制を開始している。
 しかしここでは食料危機を、「食料不足が危機的状況に達すること」とごく平たく定義するとして、今日の新型コロナウイルスの感染拡大のもとで生じている食と農をめぐってのトラブルが、はたしてそう呼ぶにふさわしい実態としてあまねく広がる状況としてあるかといえば、どうもそういうことではなさそうである。しかしそれでは、新型コロナウイルスの感染拡大の渦中にあって、今、食と農に何の問題もないのかといえば、言うまでもなく圧倒的多数の人々が間違いなく“大いに問題あり”と認識しているところであろう。
 ここでは、現時点でとらえられる新型コロナウイルスの感染拡大によってもたらされている平常時にはない食料をめぐっての混乱を、「新たな病原体という生物起源によって引き起こされる人の命や健康の大規模な棄損とともに生じるフードシステム(食料の供給、加工・製造、流通、需要)におけるまだら模様の混乱」と定義しておくことにしたい。「自然の激動が、災害発生の誘因あるいは直接因として重要な役割を果たす場合、その災害を自然災害と呼ぶ」1)という定義によれば、「新たな病原体という生物起源によって引き起こされる人の命や健康の大規模な棄損」もまた、新型コロナウイルスの発生という自然現象と、社会現象である感染災害からなる自然災害ととらえることができる。
 コロナショックがフードシステムに混乱をもたらしたもう一つの側面にある社会的要因は、以下でみる外出自粛の要請、施設の使用制限の要請(休業要請)及び水際対策の3つの人間社会の法制度にかかわる事柄である。


第3節 緊急事態宣言と外出の自粛要請、施設の使用制限の要請(休業要請)及び
    水際対策

 外出の自粛要請、施設の使用制限の要請(休業要請)及び水際対策によってもたらされたフードシステムへの影響が、そのシステムの各プロセスにいかに及んでいるかを知るためには、まずその前提となる外出の自粛要請、休業要請及び水際対策の背景となった緊急事態宣言に至る経過とその後の展開についてみておかなければならない。その経過を年表風に整理してみると以下の通りである。
01月16日 国内初の新型コロナウイルスによる感染者を確認
02月03日 クルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」が横浜港に寄港
02月13日 国内で新型コロナウイルスによる初の死者を確認
02月14日 新型コロナウイルス感染症対策専門家会議設置(以下、専門家会議と略)
02月27日 安倍首相、03月02日から春休みまでの全国の学校の休校を要請
03月11日 WHO(世界保健機関)、テドロス事務局長、新型コロナウイルスの感染拡大で
      バンデミック(感染症の世界的大流行)を宣言
03月13日 新型インフルエンザ等対策特別措置法の成立(以下では特措法と略)施行は14日
03月24日 東京オリ・パラ延期を発表
03月25日 小池東京都知事、緊急の記者会見で「感染拡大の重大局面ととらえていただき
      たい。週末の不要不急の外出は是非とも控えてください」と発言
     (週末の外出自粛要請)
03月28日 政府、特措法第3条第4項に基づき、新型コロナウイルス感染症対策の基本的
      対処方針を策定、公表(05月25日に変更)
04月07日 上記措置法に基づき、緊急事態宣言を発令、対象は7都県
      その後の記者会見で、「緊急事態を1カ月で脱出するためには、人と人との接触
      を7割から8割削減することが前提」と言明(「接触7割、8割削減」目標の
      提案)
      新型コロナウイルス感染緊急経済対策を閣議決定(第一次補正予算)、20日に
      変更
04月11日 東京都休業要請
04月16日 緊急事態宣言、全国拡大へ、13都道府県を特定警戒都道府県と位置づけた
     (04月08日から05月06日まで)
04月22日 専門家会議、「接触機会8割削減」の提起
04月30日 2020年度第1次補正予算成立
05月04日 安倍首相、緊急事態宣言の05月31日までの延長を表明(実施は5月7日より)
05月14日 安倍首相、39県緊急事態制限解除
05月21日 大阪、兵庫、京都の3府県で緊急事態宣言を解除
05月25日 残る東京など5都道県の緊急事態を解除し、07日発令の宣言の全面解除を決定
05月27日 新型コロナウイルス第二次補正予算を閣議決定
      新たに入国拒否を11カ国追加して、全体で111カ国の入国拒否を6月末まで
      延期することを決定
06月12日 2020年度第2次補正予算成立
06月24日 新型コロナウイルス感染症対策専門家会議を廃止

 年表に沿って具体的にその仕組みについてみていくと、この3つの要因の根拠法となったのが3月13日に成立した新型インフルエンザ等対策特別措置法である(以下では特措法と略)。特措法はまずその第3条「国、地方公共団体等の責務」の4項で、地方公共団体が第18条「第1項に規定する基本的対処方針」(3月28日策定)に基づいて「自らその区域に係る新型インフルエンザ等対策を的確かつ迅速に実施」することを責務とするとしている。そして「新型コロナウイルス感染症対策の基本的対処方針」の三の「新型コロナウイルス感染症対策の実施に関する重要事項」の(3)「まん延防止」の1)「外出の自粛」で「特定警戒都道府県は、“最低7割、極力8割の接触機会の低減”を目指して法第45条第1項に基づく外出の自粛について協力の要請を行うものとする」、つづいて2)「催物(イベント)の開催制限」、3)「施設の使用制限等」(特定警戒都道府県は、感染の拡大につながるおそれのある施設の使用制限の要請等を行うものとする)、4)職場への出勤等、5)「学校等の取り扱い」等々とつづいている。
 それを受けて第45条「感染を防止するための協力要請等」の第1項で特定都道府県知事が「生活の維持に必要な場合を除きみだりに当該者の居宅又はこれに相当する場所から外出しないことその他の新型インフルエンザ等の感染の防止に必要な協力を要請することができる」(外出自粛の要請)、第2項で特定都道府県知事が「新型インフルエンザ等緊急事態において、−−−学校、社会福祉施設、その他の政令で定める多数の者が利用する施設を管理するまた当該施設を使用して催物を開催する者に対し、当該施設の使用の制限若しくは停止または催物の開催の制限若しくは停止その他政令で定める措置を講ずるよう要請することができる」(施設使用の制限の要請≒休業要請)としている。
 これに対して水際対策は、「基本的対処方針」で(三の7)「政府は、水際対策について、入国制限、渡航中止勧告、−−−等を引き続き実施する」として、当然のことながら出入国に関することは国のなすべきこととしている。
 つまり、特措法に基づいて、そしてそれが規定している「基本的対処方針」に基づいて、外出自粛の要請、施設使用の制限の要請(休業要請)は都道府県知事が、水際対策は政府が実施するということにしており、これがこの法律の「建て付け」である。ある意味、国と地方自治体の役割はきわめて明瞭に取り決められているのであるが、しかし以下にみるように、ここのところが多くの混乱を招くことになった。たとえば、2月27日の安倍首相の「全国の学校への休校要請」は明らかに権限の逸脱であった。あるいは、緊急事態宣言の発令時に政府は東京都が当初示した休業要請の対象施設にクレームをつけて変更させた。これまた権限の逸脱である。国は基本方針を示し、個々の対応は現場に任せる、が基本としてあるべきところである。
 財源をめぐっての国と都道府県の軋轢も大きな支障をもたらした。とりわけ休業の徹底が感染の速度を決定的に左右することになるにもかかわらず、肝心なところで看過することのできない矛盾を露呈することになった。つまり国の言い分は、休業要請の主体は都道府県なのだから、休業補償もまた都道府県が負担すべきというものであった。しかしながら都道府県の財力は千差万別であり、かつ、東京都を除く道府県にそのような緊急時に備えた巨額に及ぶ財源の持ち合わせがあるはずもない。都道府県の“休業要請と休業補償は一体のもの”という主張は一貫しており、この点に関する都道府県の不満は大きい。それ故に、特措法の「と」をとって“クソ法”とけなしたり、“補償逃れ法”と言われたりして不満が表明された。この両者間の認識のズレは現在もなお解消されることなく、国はなおかたくなに補償という呼称を避け、ことさらに持続化給付金、雇用調整助成金という言い方にこだわっている。しかしその後、国は全国知事会や国民の声に押されて第一次補正予算(4月7日閣議決定)に組み込まれた地方創生臨時交付金1兆円を休業補償等に流用することを容認し、第二次補正予算(5月27日閣議決定)でこれにさらに2兆円を積み増した。2)
 新型コロナウイルスの感染拡大がもたらしたフードシステムに対する影響は、大きくは外出の自粛要請、施設の使用制限の要請(休業要請)それに水際対策の3つであるが、このうち施設の使用制限についてはその対象となる施設を具体的に明確にする必要がある。そしてその仕分けは先に確認したように都道府県の役割である。したがってその休業要請の影響がフードシステムにどのように具体的に及ぶのかは、その休業要請の対象となる施設を確認することによって明らかになる。休業要請の対象を東京都の例で示しているのが表2である。表2で明らかなように、休業要請の対象施設は大きくは、休業要請の対象となる施設と、対象外の施設(社会生活を維持するうえで必要な施設)とに区分される。前者はさらに、国の特措法に基づく要請と、国の特措法によらずに東京都独自の要請の2つに区分される。3)

表2 東京都の休業要請の対象施設一覧
休業要請区分\ 種 類代表的な施設 列挙
施設数






国の特措法に
基づく要請
遊興施設等 スナック、バー、カラオケボックス 17
大学・学習塾等 大学、専修学校・各種学校、学習塾 16
運動・遊戯施設 体育館、パチンコ屋、遊園地 18
劇場等 劇場、映画館 5
集会・展示施設 集会場、公会堂、貸会議室、図書館、
動物園
16
商業施設 ペットショップ、土産物産、
おもちゃ屋、旅行代理店
30
国の特措法に
よらない東京都
独自の要請
文教施設 幼稚園、小学校、中学校 9
社会福祉施設等  *1 保育所等、学童クラブ、
老人福祉法・介護保険法関係の施設
8





医療施設 病院、診療所、薬局 7
生活必需物資販売
施設
卸売市場、食品売り場、コンビニ、
百貨店、スーパーマーケット
13
食事提供施設 *2 飲食店、料理店、喫茶店、居酒屋 7
住宅・宿泊施設 ホテル、旅館、共同住宅、下宿 9
交通機関等 バス、タクシー、電車、船舶、
航空機、物流サービス(宅配を含む)
7
工場等 工場、作業場 2
金融機関・官公署等 銀行、ATM、証券取引所、
証券会社、事務所、官公署
8
その他 理髪店、郵便局、メディア、本屋、
家電販売店、ごみ処理関係
29
合計 201

注1)*1実際は対象外の扱い
 2)*2営業時間短縮の協力を要請(朝5時から夜8時まで、酒類の提供は夜7時まで)

 ここで確認しておく必要があるのは、施設の使用制限(休業要請)の対象施設とフードシステムとの関係である。まずフードシステムにかかわる休業要請の対象となる施設についてみると、大きいのは大学の学生食堂と文教施設に分類されている小学校、中学校の給食である。そのほか多少なりとも関係があると思われるのは、スナック、バーといったところであろう。
 つぎに対象外の施設(社会生活を維持するうえで必要な施設)についてみると、大きいのは言うまでもなく、生活必需物資販売施設、食事提供施設、宿泊施設(ホテル、旅館)である。ついで多少なりともということでは社会福祉施設(実質的に対象外)、医療施設においても食事提供は必須のものであろう。さらに重要なのは、間接的ながら食料の輸送という点では交通機関等、加工・製造という点では工場等とその対象は広汎に及ぶ。
 以下では、上記のような外出の自粛要請、休業要請の対象となる施設(休業要請)、水際対策を頭に入れたうえで、フードシステムにおける各プロセス、細区分と突き合わせつつこの3つの要因がフードシステム全体に及ぼす影響についてみていくことにしたい。

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